疑い得ないものは、何か

昨日(正確には今日の朝)、はじめてスカイプなるものをやりました。音声チャットですね。結構クリアに音が聞こえるし、そしてマイク内臓だったので手放しで会話ができます。すげぇ。
で、西條さんにこの前送った質問について、話す。質問の内容は「疑い得ないものは、結局何なのか」というもの。あと、そこから派生するいくつかのこと。
こういう話って、メールとか本とかじゃわかんないっていうか、伝わんないなぁって思った。直接話すことによって初めて見えてくる「ズレ」みたいなのがあって、そこを模索しながら議論できるのがいい。
そんなこんなで、2時間半ぐらい話し込んでしまった・・・。基本、メールより電話が好きな僕としてはすごい便利なツールだなぁと思うけど、その分、人に迷惑かけそう・・・。


僕の理解は、根本的な点のズレと一部を除いて、大体あってた模様。そして、(指摘もされたんだけど、)寝る前に自分の問い方が「揺らいでいた」ことに気付く。そこに気付けただけでも大きいかな。
で、昨日の記事で問題にしていた、「論理的整合性だけで価値体系は導けるか」は、やはり、無理っぽい。しかし、っぽいだけでまだ無理だと決まったわけではない。そして、この不可能性っぽさは、構造構成主義を覆すものでもない。その時々にあわせた公理を作っていくという作業によって、いつでも出発できる。
つまり、構造構成主義の論理「だけ」ではダメなのであって、といってもそれ「だけじゃないとダメ」というものでもないのだ。
科学の根本仮説(公理)を作るという作業は、並大抵のことではできない。この問題は、ロジャー・スペリーが言っていた「科学と価値観の優先順位」の話とも大きく関わってくる。スペリーがいうように、人類の進化に根付いたものである必要があるのだろうか。それとも、他の道があるだろうか。
これからの「科学」が楽しみだ。

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2 thoughts on “疑い得ないものは、何か

  1. 清水 says:

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    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    おっと、今度はこちらに登場・・・!
    先日は遅くまですみませんでした。
    「価値の原理」は、もう論理だけでは無理ですね。じゃあ、一体どんな原理が考えられるのか。いや、それは原理ではなくて公理になるんでしょうけど。
    そこで思うのが、価値は個人の現象から出発して生み出しうるか、という問題です。「価値や意味は志向性と相関してあらわれる」が原理としてありうるのはわかるんですが、個人の志向性と現象(の相関性)だけでは、価値は生まれないだろうと。
    価値はあきらかに、他者性や公共性を含んだ概念だからです。私的言語が不可能なように、まったく個人的な価値もありえないのではないかと。
    まだまだ考えないといけないことがありそうです・・・。

  2. 西條 says:

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    初コメントしてみます。
    スカイプすごいでしょ(笑)
    「論理的整合性だけで価値体系は導けるか」
    これは原理的に不可能だと思う。なぜなら僕らの現象は論理だけでできていないから(むしろごくわずかだろう)。「内的一貫性」はある程度担保できるけどね。
    この問題を考えるときは「価値とは何か」という難問も解く必要があるよね。価値の原理論。
    ちなみに構造構成主義においては、「価値とは、身体・欲望・関心相関的に立ち現れる」と考える。論理的に考える限り、いかなる内的整合性・一貫性を備えた「価値体系」もそれから逃れることはできない(構造構成主義も同様)。
    したがってやはり、「論理的整合性だけで価値体系は導けるか」は不可能といわざるをえない、となる。
    >つまり、構造構成主義の論理「だけ」ではダメなのであって、といってもそれ「だけじゃないとダメ」というものでもないのだ。
    そうそう、“ここに書いている清水君の理路それ自体”を基礎づける(言い当てる)ことができる原理(理路)が、構造構成主義ということになるんだよね。ハードを提供するだけというか。
    +αのソフトの部分は、それぞれの問題に応じて、作っていく必要があるし、そこがおもしろいところでもある。
    これからの清水君がたのしみです。
    ではでは。

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