発表資料作成

作業がなかなか終わりません。ロングセッションは初めてなので、どれくらい用意したらいいのかもよくわからず・・・。
とにかく頑張ろう。


システム論は「ものの見方」である、という話を学部時代に聞いたが、「ものの見方」そのものの科学というは、あまりないなぁと思った。
構造構成主義はその一つなのだろう。そういう意味で、メタ性がある。しかし正確には、「ものの見方」そのものの科学を可能にするための科学論、というほうがあってるのかなぁとも思っている。
ものの見方そのものを科学するためには、科学者がどのようにデータと向き合うか、理論をどのように構築するかということについても理論化しなければならない。つまり、自己言及的な営みを必要とするのだ。
そのような営みを基礎付ける科学論はなかった(と思う)。
ならば、そのような自己言及的な科学を可能にする科学論という意味で、メタ性だけでなく、新天地を開拓する能力も持っているわけだ。
そんな今だからこそ、「ものの見方そのものの科学」を始めてみようじゃないか。

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2 thoughts on “発表資料作成

  1. 清水 says:

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    コメントありがとうございます。
    ここで重要だと思うのは、科学には信念が必要だということと、それに自覚的にならないといろいろ問題は起きないか、ということです。
    客観的に、真偽を見極めるという科学論もありだと思いますが、それも信念だろうと思うのです。その信念に自覚的になって科学するのであればいいのだとおもうのですが、そうじゃないと、データを取らない科学を切り捨ててしまう可能性がある思うのです(真偽判断は、事実を参照するということだから)。
    人々にとって事実が共通である、というのも信念だと思うからです。
    地に足をつける科学が可能か、というより、地に足をつけないと科学はできないと思います。そのかわり、それらの「地」が確かなものかどうかは誰にもわからないのではないでしょうか。
    自己言及的な科学の必要性は、「科学の営みを特権化することによって生まれる危険」を回避することができる点にあると思います。
    これまた、お会いしたときにお話できればと思いますー。

  2. Kosugitti says:

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    科学のメタ度を高めていくと、哲学=信念になりませんか。
    最終的には「俺はこうやって見るぜ」という宣言になっても、科学(=客観性を持つもの。真/偽のコードによるもの)にはならないのではないかと。
    構造構成主義も、そういう危うさを持っていると思います。
    システム論もしかりです。数学的現象主義であれば、かろうじて?
    もっとも、純粋数学の抽象度もよっぽどのもんがあります。
    「地に足をつける」と言うことは、可能でしょうか。

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