深層学習と新しい心理学を読んで

この記事は,「深層学習と新しい心理学」についてのコメントです.

とても面白く読ませてもらいました.

日心のワークショップにも参加しましたが,このメッセージについて参加者の方々の受け取り方にかなりの温度差があったなという印象でした.ただ真剣にとらえた方はどちらかというと少数で,そういう話もあるのね的な距離感の人も結構多かったように思います.
いくつか論点があると思いますが,個人的に受け止めたのは,

1.今後,現状の心理学は重要性を失うだろう
2.深層学習は,物理学的な理解によって解釈可能になるだろう
3.いまから心理学が深層学習を(理論的な観点で)学ばなければ,社会に悪用されることを防げないだろう

の3つです.ただ今回は1と2の論点だけを取り上げて記事を書いてみました.

◆現状の心理学って具体的に何を指すのか

まず最初に,新しい心理学と現状の心理学が対比されているので,現状の心理学が何を指しているのかを整理したいです.この記事では,現状の心理学は,構成概念を使う認知主義的なもの,と定義されていますが,このあたりは幅広い心理学を見渡すとちょっと狭い定義な気もしますし,また,受け取り方もだいぶ違っていそうです.たとえば社会心理学がすべて認知主義的かと言われればそうでもないでしょうし.

また,構成概念は物理でも何でも使いますから,そこは言葉としては大きすぎる気がしますね.たとえば行動やデータというものを定義するのにも構成概念は必要(なにをデータとするのかとか)なわけですから.なので,記事が対象としているのはおそらく「心理的」構成概念のことを指しているのだと思います.

心理的構成概念を使うという意味でも,いくつか選択肢があります.まず狭い意味で言うなら,行動の因果的説明として心的(内的)な構成概念を使う,いわゆる心理主義のことを指しているのかもしれません.そうすると行動分析の立場との違いも気になりますね(ワークショップでは質問もでてました).

あるいはもっと広く,「心という観点で解釈する」学問全体を指しているのかもしれません.こうなると心理学ほぼ全体を指している可能性もあります.これについては2つ目の論点とも関わります.

◆現状の心理学は重要性を失うのか

一番重要な議論のポイントは,1.の「現在主流となっている科学的心理学はその重要性を失い始めるだろうと考えています」の部分かと思います.ただ,ここの言葉が強めなので(受け取り方は人によって違う気もしますが),うまく受け取られていない気がしました.感情的に反応する人もいたかもしれませんし,「そんなことないだろう」と思った人もいたと思いますし,書いてあること以上の意図を読み取ってしまった人もいるかも知れません.

現状の心理学が心理主義的なものを指すなら,それがなぜ重要性を失うのか.その可能性はいくつか考えられます.

a.現状の心理学が間違えているだろうから
b.現状の心理学は間違えてないけど,その科学的価値が相対的に劣るだろうから

のどちらかになりそうです.

おそらくここでの話は,a.の「現状の心理学が間違えている」ということは言ってなくて(言ってたらごめんなさい),b.の,これから深層学習が成功するにつれて,「なにがいい科学なのか」という考え方自体が変化してしまうことによって,相対的に重要性を失うだろうということだと思いました.具体的には,予測が当たるのがよい科学だという方向にどんどん進むことによって,これまで心理学が(部分的には)成功してきた,心の理解を促進するための科学という役割の重要性が失われていくだろうという議論だと思いました.

僕はこれについては,そうなるだろうと思っています.すでにそういう観点で,これまで成功してきたと思われていた部分が評価されなくなっているということが現にあるからです(本文に書いてある例で言えば,言語学とか).一般の人も,政治家も,他の学問分野の研究者も,「予測ができないなら役に立たないじゃん」と心理学を評価するようになると思います.まだ先かもしれませんが.

現状の心理学と,(ここで描かれている)新しい心理学は両立可能かといえば,もちろん可能でしょう.別に現状の心理学が間違えているとはこの記事でも書かれていません.でも,社会の評価軸が変化したとき,相対的に重要性を失うことは起こりそうです.個人的な考えは最後に書きます.

◆深層学習の学習はすべきか?

そうであるなら,これから心理学は新しい心理学と,むしろ「両立していかないといけない」んじゃないか,ということだと思います.新しい心理学「だけ」をやるべきとも書いてないですしね.

両立するということは,今の心理学者が深層学習を学んでいく必要がでてきます.ただ,深層学習をしっかり学習するのはそこそこコストがかかります.研究ペースも落ちるでしょう.つまり,ある程度は「賭け」なわけです.そこにコストをかけるべきかどうか.個人的には,研究ペースについてスローな選択ができる中堅層が学ぶべきかなーとは思っています.一方で,これから重要性を増すという見積もりがあるのであれば,キャリアの若い人も十分のる価値がある「賭け」かなとは思いますが.

深層学習の理論的な学習が,どれくらいコストがかかって,どれくらいリターンがありそうか,というのは見積もりがしにくいところだと思います.ただ,記事でも書かれているように,たとえばベイズ統計においても統計力学との接点は多いですし,認知科学の分野でもベイズ脳の議論などを考えると,そのあたりは勉強する価値は十分あるでしょう.自由エネルギー原理の理解のためにも,かなり物理の知識は必要です.

そもそも方法論的に深層学習が役に立ちそうであることは,昨今の心理学のトップジャーナルをみていてもわかることですし,まずは方法論的な観点だけでも勉強する意味はありそうです.で,興味がでてきたら,理論的なところを次のステップにするというのもありでしょう.

◆深層学習の解釈

2つ目の論点について少しだけ触れると,「深層学習は物理の観点から解釈可能」という点については,僕はまだ勉強不足なので判断できていません.ここの説明において,本記事では物理学の知識がないと読み取れない部分が多く,説得に成功しているかどうかはわかんないですね.ただ,ここを実例としてうまく成功例をあげることができたら,「賭け」にのってくれる人は多くなりそうです.

また,「物理的に解釈できても意味ないんだよ」という批判もあるでしょう.つまり,心理学は「行動を心という観点で説明・解釈する」ことに意味があるのだと考える心理学者が多くいるだろうと考えられるので,それだとそもそも新しいどころか心理学にならない(行動物理学だ!)という批判があり得るということですね.行動物理学も楽しそうですけど.

この点についても,科学の「成功」がどういう観点で評価されるのかという1.の話と関わってきますかね.心という観点,というのが本当に必要なのかどうか.

これは個人的な意見ですが,心理学者は「行動を心という観点から説明・解釈する」の重要性を同時にアピールする必要があるんじゃないかと思っています.それは,現状の心理学の重要性もやはり,残しておきたいと僕は思うからです.なので,その重要性を,それを研究することの正当性を,言葉にする必要があると思っています.そして,それを現状の心理学の成果と結びつけて語る必要があると思います.いまのところ(たぶん)他の分野に受け入れられていますが,今後,「いやそんなのいいから行動を予測しなよ」と言われる日が来そうです.その時に向けて,予測精度の向上を目指すと同時に,心の解釈の意義を語り続ける必要があるように思います.

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