個人と集団のマルチレベル分析

 
 

 

マルチレベルモデルについて,本を書きました。

清水裕士 (2014). 個人と集団のマルチレベル分析 ナカニシヤ出版

 

マルチレベルモデルとは

マルチレベルモデルといってもいろいろありますが,この本では社会心理学や社会学,経済学で手に入れることが多い,個人と集団の階層データを扱うための方法論について解説しています。

具体的には,階層線形モデル,個人-集団レベル相関係数,マルチレベル構造方程式モデル,行為者観察者相互依存性モデルについて理論的な話と,ソフトウェアの使い方を含む実践的な話について書いています。

マルチレベルモデルについての概要は,このWebサイトにも資料を上げています。合わせてご覧ください。

階層線形モデルについて

マルチレベル構造方程式モデルについて

行為者観察者相互依存性モデルについて

 

本書で用いたソフトウェアとデータ

ソフトウェアについては,商用ソフトとしてHLM7,SPSS,SAS,Mplusによる操作方法を紹介しています。フリーソフトウェアでは,RのlmerTestパッケージ,著者の作成したHADについて解説しています。分析法別にいうと,階層線形モデルはSPSS,SAS,R,HADで,マルチレベル構造方程式モデルはMplusとHADです。

HADの使い方やダウンロードについては,こちらのページをご覧ください。

なおこの本で用いているサンプルデータは以下からダウンロードできます。

サンプルデータ

 

目次

第1章  マルチレベルモデルとは何か:データの階層性とマルチレベルモデル

1 マルチレベルモデルとは
2 データの階層性
3 階層的データを従来の方法で分析することの問題点
4 集団内類似性の評価
5 マルチレベルモデルの考え方
6 マルチレベルモデルの種類

第2章 階層線形モデリング:理論編

1 回帰分析
2 HLM の基礎
3 HLM の応用:説明変数の中心化と単純効果分析
4 HLM を利用するうえで知っておくと便利な知識

第3章 階層線形モデリングの実践:HLM7 による分析

1 HLM7 による階層線形モデリング
2 HLM7 で分析する流れ
3 分析モデルの指定
4 単純効果の検定

第4 章 階層線形モデリングの実践2:HAD による分析

1 HAD とは
2 サンプルデータの解説
3 HAD での分析の流れ
4 HAD による階層線形モデリング
5 HAD で単純効果分析

第5章 階層線形モデリングの実践3:SPSS, R, SAS によるHLM の分析

1 SPSS による階層線形モデリング
2 R による階層線形モデリング
3 SAS による階層線形モデリング

第6章 マルチレベル構造方程式モデル:理論編

1 個人レベル・集団モデルの相関係数
2 構造方程式モデリングとは
3 マルチレベルSEM とは
4 マルチレベルSEM に関するいくつかの疑問点

第7章 マルチレベル構造方程式モデリングの実践:Mplus による分析

1 Mplus とは
2 Mplus でSEM を実行する
3 Mplus によるマルチレベルSEM
4 マルチレベルSEM の応用

第8章 マルチレベル構造方程式モデリングの実践2:HAD による分析

1 HAD でMuthén 最尤法によるマルチレベルSEM を実行する「からくり」
2 HAD で構造方程式モデリング
3 HAD によるマルチレベルSEM

第9章 ペアデータの相互依存性の分析

1 Actor-Partner Interdependence Modelとは
2 識別可能データのAPIM の推定方法
3 交換可能データのAPIM の推定方法
4 階層線形モデル(HLM)による交換可能データのAPIM

 

はじめに(本書より抜粋)

 マルチレベルモデルは,社会科学の分野ではすでに多くの研究者が利用している統計手法である。その意味では,「目新しい統計手法」というよりは,もはや「市民権を得た統計手法」になってきたといえるだろう。実際に,多くの論文でマルチレベルモデルが利用されているし,査読においてもレビュワーからマルチレベルモデルを使うよう要求されることもある。マルチレベルモデルの習得の必要性は,年々高まってきている。

 本書は,そのマルチレベルモデルについての入門書である。この本を手に取ってここを読んでいる読者は,少なからずマルチレベルモデルに興味がある人だと思うが,本書がどのような立場でマルチレベルモデルについて書いているかについて簡単にここで解説しておこうと思う。

 本書のターゲット

 マルチレベルモデルといっても,その広がりは多岐にわたり,研究分野によって指す統計手法が違うこともある。そこで最初に,本書がどういう研究領域の読者をターゲットにして書かれているかについて著者の考えを書いておこう。

 本書は,マルチレベルモデルの初学者が対象である。一から解説しているので,マルチレベルモデルそのものの知識はほとんど必要ない。ただし,相関係数や分散分析,回帰分析などの基礎的な統計手法については,ある程度事前知識を必要とする。とはいえ,学部の3~4年生レベルで習っている程度の知識があれば,十分理解できるはずだ。逆に,すでにマルチレベルモデルを利用してきた上級者で,より高度な数学的な内容や複雑なモデリングについて知りたい読者にとっては,やや物足りない内容かもしれない。

 また本書は,タイトルにもあるように,個人と集団・社会の両方を研究対象とした学問領域,具体的には心理学,教育学,社会学,経済学などを専攻している学生および研究者にむけて書かれている。よって,同じマルチレベルモデルでも,反復測定データやパネルデータを扱うモデルについては触れていない。ただ,パネルデータ分析に興味がある読者でも,マルチレベルモデルのエッセンスや使用するソフトウェアは共通していると思うので,必要なところだけを読んでもらえると,得るものがあるだろう。なお,本書で扱う統計モデルは,マルチレベルモデルの中でも,階層線形モデル(Hierarchical Linear Model: HLM),マルチレベル構造方程式モデル(Multilevel Structure Equation Model: マルチレベルSEM),そして行為者観察者相互依存性モデル(Actor-Partner Interdependence Model: APIM)の3つである。

 上記のように,読者には人文系研究者,あるいは社会科学者を想定しているので,本書の解説には数式はあまり登場しない(なによりも,筆者に数学の素養がない)。ただ,理解を深めるため,あえて簡単な数式を利用している箇所もある。その場合でも,できるだけわかりやすく,丁寧に解説しているつもりなので,文系の学生や研究者もじっくり読めば十分理解することができるだろう。

 本書で扱うソフトウェア

 続いて,本書で紹介しているソフトウェアについて簡単に説明しておこう。

本書では,HLM,マルチレベルSEM,そしてAPIMの理論的な説明以外に,それぞれを実行するためのソフトウェアの使い方に多くのページ数を割いている。商用ソフトとして,HLM7,SPSS,SAS,Mplusを取り上げている。また,フリーソフトとして,Rと筆者が作成したHADを取り上げている。商用ソフトの場合でも,HLM7とMplusについては本書ではデモ版やフリー版でも実行できるサンプルデータを用いているので,それらを購入せずとも無償で実際に使いながら操作方法を学べるので安心してほしい。

HADについての詳細は本書4章に譲るが,ここでも簡単に紹介しておこう。HADはWindowsとMacのExcel上で動作する統計ソフトである。Excelで操作できるので,比較的扱いやすいソフトであると思う。HADは筆者のWebサイト(https://norimune.net/had)からダウンロードでき,無償で利用することができる。また、ソースコードも自由に見ることができる。本書で解説するHLM,マルチレベルSEM,APIMはべてHADでも実行することができるので,マルチレベルモデルを無償ですぐに実行したいという読者は,まずご自分のデータをHADで分析してみるのもいいだろう。

 ここで、やや言い訳じみたことを書かせてもらいたい。実は本書執筆の話は,ナカニシヤの宍倉さんから5年ほど前からお話をいただいていた。執筆に5年もかかってしまったのは,筆者の遅筆のせいであることはもちろんだが,ほかにもHADの開発に時間がかかったためでもある。当初はマルチレベルモデルの入門書を,SPSSを例に書けばいいかと思っていた。しかし,近年のフリーソフトの関心が高まってきたことと,あれよあれよとHADの機能が増えてしまったこともあり,ついつい「フリーソフトで簡単にマルチレベルモデルができたほうがいいな」と欲張ってしまったのである。5年前はまだ,マルチレベルモデルは「目新しい統計手法」だったように思うが,本書が発行されるころにすっかり「市民権を得た統計手法」になってしまった。おそらく出版社の方としては複雑な思いがあろうと思いつつ,筆者としては5年前には絶対に書けなかった内容を盛り込めるようになった自負している。

 最後に,謝辞を述べたい。著者がこうやってマルチレベルモデルの本を書くきっかけとなったのは,二人の先輩のおかげである。一人は私が学部生の時に統計学の基礎を教えていただいた山口大学の小杉考司先生,そして,私にマルチレベルモデルの存在を教えてくださった追手門学院大学の石盛真徳先生である。お二人に出会わなければ,本書は存在してなかっただろう。おそらくこれからもさらにお世話になるとは思いつつ,ここでお礼申し上げる。また,広島大学大学院総合科学研究科の胡綾乃さんは本書の全文に目を通して誤字などをかなり丁寧にチェックしていただいた。本書がもし読みやすい文章になっているとすれば,それはすべて彼女のおかげである。そして末筆ながら,本書執筆のお話をいただき,長期間にわたって辛抱強く待っていただいた編集者の宍倉由高さんにもお礼を申し上げる。